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突然、数学が私の人生に現れる



"数学をしている限り、思考に自我が介入する隙がない。それでいて、思考を放棄するというのでもない。ただただ渾身で、数学の風を浴びるのである。”「数学の贈り物」(森田真生、ミシマ社)


受験数学への挫折感を瞬時に乗り越えて身を乗り出したくなるほどの、魅力的な数学観。

数学の風ってどんなもの?

この本を一気に読み終えた私は、森田さんが数学を始めるきっかけとなった数学者の岡潔さんの「数学する人生」(新潮文庫)をさらに一気読み。


突然、私の人生に数学というものが現れて、私が意識の探求として実践してきたことを、数学をすることで同じように感じている人々がいる!と知った驚き。なんだ、そうだったんだ!


中学の頃、一時数学の面白さに魅了された時期があったことを思い出した。夢中になる何かがあった。うっすら感じていた何かがあったのだが、高校に入って微分、積分というのがどうしても意味がわからず、そこで私はこりゃあ私は向いてない、私は文系だわと投げ出してしまった。


でももしかすると、その時私は、森田さんがこう表現されている地点にいたのかもしれない。「意味がわからなくなってからが数学は面白い。」と。


”数学を勉強していて意味がわからなくなった瞬間、自分が数学に「ついていけなくなった」と落ち込む必要はないのだ。自分が数学についていけなくなったのではなく、むしろ、意味が数学についていけなくなったと考えてはどうか。自分が数学に置いていかれたのではなく、自分が数学とともに意味を後ろに置いてきたのだ。”(同著)


「意味」がわからない=「挫折」と決めつけたその頃は私は、意味が安定している「わかっている」世界を広げようとしていたのだと思う。そこで「意味がわからない」ものは私と関係ないものだと横に押しやって、「意味」が一体どこからやってきているのかに無自覚なまま、世界に意味を見つけようとしてきた。


その後、文化人類学を専攻した私は、フィールドワークに住み込んだ韓国の漁村で、決定的なジレンマにぶつかることになる。

私が、自分の目で見て、住民から話を聞き、一緒に肌で感じているこの村の生活、習慣、考え。それに「これはこうである」という意味づけをしているのは、一体誰だ? ある朝、寝泊りさせてもらっていた村の納屋の中で、突然全てがわからなくなった。


今の住人?彼らの先祖?何人もの文化人類学者や民俗学者たち?それとも私?

私がここで集めていると思っている情報は、どういう仕組みで私の頭で理解されているのか?私がそう感じる、そう理解できる、という以外に一体これらに意味があるのか?一体何が本当なのか?何かがわかるということがそもそもあるのか?他の人の中では何が起こっているのか?


私がひらめいた例えはこうだ。ここに丸いガラス玉がある。これをこのままに経験したいのだ。けれど、これを知るため、意味を理解するために、ガラス玉を部分に割って調べて再びくっつけ合わせて見ても、ヒビの入ったガラス玉は、元のガラス玉とは違うではないか?


この稚拙な例え話を添えて、私たちは一体何をやっているのでしょうか?と諸先生方に疑問をぶつけてみた。唯一私がわかる答えをくれた大学時代の恩師は、「その通り、元のガラス玉ではない。もしそれが君のやりたいことではないのなら、ここではできないね。でも僕は、それがどこまでできるのかやり続けてみるつもりだよ」


私は不遜にも、先生は妥協しているだけだと心の中で思い、では私は私の道を行こうと学問することをやめ、「いまここで経験する」という実体を求めていろんなことをやってみた。自然農、呼吸法、伝統的な生活の方式、草木染め織、陶磁器づくり、茶道、そして子育ての日々。何かをつかめそうでつかめない日々。そんな中、アバターという方法に出会い、自分のマインドを超えて経験し、そこにいるということを実体験し、「意味」は自分が作っていること、世界を意味付けているのは私なのだという確かな経験をする。これは現代に生きる私たちにとって適切な方法で、ほかの何をすることともぶつからない素晴らしい方法なのでアバターを教え続けて25年目だ。それは、「意味」を作るのは自分であることに徹した方法だとも言える。


記述や説明のための言語を体得していく私たちの世界認識の仕方を語った後、森田さんは「安定した意味の世界は、平穏な代わりに退屈だ。 数学はこの退屈さを突き破る。」と語る。森田さんや岡さんの文章から感じる、数学には既存の枠組みを突き抜ける何かがあるという予感は、アバターの手法に通ずる何かがある、と数学はやってないけど、勝手に感じている。


そして、私が20代の頃、恩師や研究者に対して研究では突き抜けられないと思ったことも、岡潔さんの書籍を読むと自分がどんなに傲慢だったかと恥ずかしくなる。個を超えた存在のつながりと、マインドを超えた存在を体感なさりながら、独自の言葉でそれを紡いでおられる。森田さんにも同じものを感じる。私の背中を押してくれた恩師も、きっと学問を通して突き抜けようとなさっていたに違いない。これらはある資質に卓越した個だからこそのお仕事だったのかもしれない。アバターはそれをたくさんの人の手にできるものにするという点がとても優れていると思う。こうしたそれぞれの場での探求がつながりあって、世界を成しているのだなあ。


私の人生に突然現れたこの数学は、異なるものの中に、こんなにも共通の何か本質的なものがあることを見せ、私を揺さぶった。中学以来、数学をもう一度学んでみたいと初めて感じているぐらいだ。そして、数学にそれがあるのなら、他にもそんなものが色々あるのかもしれない。古今東西のものすごい数の人の探究心が、いまこの瞬間にここに花開いている様々な種類の花として。私の今の努力も、ここまでの人類の探求の流れの中にあり、これからもそれが未来の世代へ流れて行く。私もまた、一瞬の儚い存在だが、永久の命の中にいる。そんなことを感じさせてくれた数学との再会。



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​鎌田敏子

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