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私の中の野性


自分が興味があること、魅かれることが、多岐に渡って、これらにどういうつながりがあるのか、自分でも全くわからないという時がある。若いときから、そういう疑問が周期的にのぼってきていたが、いつも明確な答えはなく、好きなものはしょうがないと終わってしまう。一番最近に言語化してみれたのは、「生きていること」を自分に感じさせるものに私は魅かれているのだということぐらい。


私が魅かれているものというのは、こんなものたちだ。まずは、この人生の仕事と思っているアバター、これはもう興味という次元を超えて、人生そのものだが。他に長く私の興味をとらえ続けているものは、民藝、自然の中で暮らすこと、衣食住、色、手仕事、詩などだ。繰り返し繰り返し、私と世界を繋ぐ橋のように私に何かを問いかけてくるものたち。


ところが今朝、ふと、これらは「私の中の野性を目覚めさせてくれるもの」なんだなと、すいっと腑に落ちるものを感じた。

いつの間にか自分を外からやってくるもので教え込み、飼い慣らして生きている中で、自分の独自の生を生きようとする力を、思い起こさせてくれるのが、私にとってはこういったものたちなのだ。


他の人にとっても同じがどうかはわからないが、似たものに魅かれ、共鳴しあっている時には、やはりなまなましい何かに触れていたいという気持ちを共有しているようにも感じる。自分の生を生きているという感じ。そうなんだと思う。


人はそれぞれ、自分にとってのそんなものを探したり、持っていたりするのだろうか?何かの理由で、自分の中の野性と私が呼ぶものを見つけて夢中になったり、あるいはずっとそれを探し続けていたりするのだろうか?


アバターに夢中になる理由は、そういうところからみれば、誰であっても、外にではなく、自分の中にその生の息吹そのものを見つけて実際に経験できるというところだ。それを探している人なら、何はおいてもアバターをまずやったらいいと思う。その上で、外側の世界にもより確かにその生を感じることができるようになるから。


先日、ボヘミアン・ラプソティの映画を見た。中学生の頃に、レコードを買って感動してたことも思い出した。彼らの音楽やこの映画も、私の中の野性を目覚めさせてくれるものだ。この映画に感動している方は、きっとアバターをやったら、自分に感動すると思う。

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​鎌田敏子

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