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「あたりまえ」になることが情熱をむしばむ



あたりまえになること

あることをやるのが、あたりまえになったときに、自分を自動操縦みたいにして、それはあたりまえにできることだからと、注意を払わなくなってしまうことがあります。


そこに向けていた注意を他のことに向けられるから、一見いいように感じるのですが、実は自分を無感覚にしていく入り口だなと、感じています。自分の一部が作業機械になったようです。


でも、問題はそのことに気づきにくということです。あたりまえだから。

そして、慣れてきた、とか、うまくなったとか、とか、簡単になった、とか、そんな風に自分に言い聞かせているので、前に進んでいるような気さえします。


そうしているうちに、自分の中にそういう機械的な部分が増えてきて、あたりまえになっていることの中で、無感覚になったまま、この一瞬を生きる情熱が消えていく、そんな経験を何度もしました。


生の息吹を取り戻す

そこから生の息吹を取り戻すのは、情熱が感じられなくなった後では、結構たいへん。何が大変って、自分が鈍くなっていること、頭でっかちになっていること、今を生きていないこと、ロボットみたいに時を過ごしていることを、自分で認めることが、一番抵抗があって、私はそこが難しかったりします。なりたくない自分になっていることを認めることが。


何度もそんなことを繰り返して学んだことは、無駄な抵抗をせずに、現在地を正直にできるだけ早く認めることの大事さ。そして、そうすれば、その次の瞬間に生の情熱が必ずまた息を吹き替えすのだということ。何度でも。



心と頭の新陳代謝をし続けることが、持てる人生の時間を豊かにしていくのだなと感じるこの頃。


何事にもより良いやり方がある

では、それをどうやってやりつづけることができるのか?それは心の状態のメンテナンス力、心の状態についてよりよくわかっているということが、大きな違いを作ると私は思います。


自分が自動的に生の息吹をなくしてしまう自分の心のしくみを、自分でわかって、それを変えていく力。アバターは、それを自分で使えば使うほど、その力を自力でつけていくことができる心のトレーニング方法です。学ぶことのできる内側の力をつける方法です。やってみるとシンプルなことですが、やり方として学ぶまではなかなか気づけない方法です。





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​鎌田敏子

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